もう10年ほども前のことです。

友人のホスピスのお医者さんにいろんな話しを
ずーっと聞いていた。
できれば、それを本の形にしたいと思っていた。

「先生、あと3年は生きたいです」
そう願う人が何人もおられたと。
具体的に何かの出来事を想定せずとも、ともかく3年ほどは生きたい、という意味合いだったらしい。

石の上にも3年というからそこそこの期間。
ギリギリに追い詰められて、あと3年欲しいという切実な思い。

そこで私自身の人生を振り返って、なんだったんだろうと思った。

なんか人の役にたってきただろうか?
ただ生きてきただけではなかったか?
家族を本当に喜ばせて来ただろうか?

ホスピスで、最後の思いを語った人のことを思うと、じじいになったとはいえ、自分にはまだ時間はある。
あと3年と懇願するでもなく、時間はまだある。
(とはいえ、1年前には心筋梗塞で、いっちゃいそうになったのですが)

ギリギリまで、精いっぱい生きないと後悔するのではないか。
周りの人に喜ばれるような生き方をしよう。それがギリギリ間に合いますように。
最後には「おおきにぃ!」と笑っていけるようにしよう。

そんな祈りを込めて、10年ほど前から「ギリギリやすし」と名のるようにしました。
(自分の死について思いを巡らすことは生きることを考えるというのは本当だった)

なんでギリギリやすしが、焼き芋屋さんをはじめたのか。
それはまたあした。
ほなっ!

コメント

  1. おはようございます。お久しぶりです。
    私は時間がもうないかもしれない年になりましたので「あと3年!」を懇願しています。3年後に更新できればいいなと思いつつ。
    日々精一杯生きたいですね。と思いながらだらだらの日もありますが、楽しかった〜と言いながら死ねそうな気がしています。悲しいことは忘れてしまう都合のいい性格のせいかな。^^

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    1. 良いことだけを思い出に。一緒です。

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  2. 検査入院お疲れ様でした!
    あと三年でもあと一年でも行き倒れ(しかも病院内で)を経験するとまあそんなものかと思っちゃいます。
    毎日いっぱいやるぞ。

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    1. 毎日いっぱいやるぞ。さすが、元気あふれる言葉です。

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